Sinful Blue

潜在リスクを顕在化する工夫

Filed under: 仕事? — よしけん。 at 3:36 pm on 木曜日, 4月 27, 2006

日経SYSTEMS4月号に「潜在リスクを顕在化する工夫」という記事がありました。
その中の「報告書禁句集の例」が面白かったので、メモを兼ねて。

▼期日を曖昧にする言葉
・早い段階で
・近々に
・近日中に
・随時
・現在~中
・月初
・月中
・上旬
・中旬
・下旬
・早急に
・できるだけ早く

▼問題から目をそらす言葉
・概ね
・特に問題なし
・比較的
・~面では
・基本的には

▼受け身になりがちな言葉
・予定
・検討中
・実施中

▼アクションを曖昧にする言葉
・~が必要
・検討を要する

▼判断・行動条件を曖昧にする言葉
・状況によって
・場合によって
・必要に応じて

期日を曖昧にする言葉などは、いつも気を付けていたのですが、「~が必要」などの単語は目新しく感じました。

でも確かに考えてみればそうですね。この語句が使われるような場面、例えば、報告書で「ここの画面にはこちらの機能が必要」と書かれていても、その必要な機能を「誰が・いつまでに・どんな仕様で」作るのかは明確になっていないわけです。

このリストを念頭に置いていれば、早い内に「見えないリスク」は小さくできると思います。
とくにお客さんとの打合せでは要注意。
「検討が必要ですね」「必要に応じてやりましょう」「早急に準備します」
何かが決まったようで、何も決まってないです。
時には、打合せをしたというだけで満足してしまう危険性もあります。

あんまり何も決まらないときは、強引にスケジュールの線引きや作業割り当てをやってしまって、「これでやりますね」と宣言するべきでしょう。
その後に改めて「ここは変えた方がいい」と先方に突かれる方が、スムーズに事が運ぶように思います。

信頼

Filed under: 一般,仕事?,戯れ言をちょっと — よしけん。 at 2:02 pm on 水曜日, 1月 25, 2006

信頼って何ですかね。

この一行だけで大抵のひとはドキッとしたと思います。
それくらい「信頼」って奥が深い言葉。
ドキッとしなかった人は、試しに通勤電車の中で「信頼」とつぶやいてみてください。
きっと周りの人はドキッとした顔をするに違いありません。
それくらいディープなんです。

去年だったかな。新しく来たお客さんが「大急ぎでこれを作って欲しい」って言ってきたんですよね。
無茶な納期だったんだけど、話しぶりも丁寧だし、何よりも急いでいるというのが痛いほど伝わってきたので、開発を了承したわけですよ。
短い開発期間に対応するには、色々なフェーズをすっ飛ばさないといけない。
「契約書作成にも時間がかかりますから、今回は後回しにしましょう。お互いを信頼して行きましょうか」

信頼って言葉を使ったけれども、果たして自分は相手の事を信頼していたのか。
信頼という言葉で誤魔化して、単に手を抜いただけじゃないのか。

結局の所、こちらは開発を無事に終えたにも関わらず、いきなり音信不通。
連絡が取れたと思ったら、あることないこと文句を付けられて、支払いも大幅にカットされるという痛い目を見ました。

信頼ってのはゼロから積み上げていくものだよね。
出会って間もない仲で、信頼が存在するなんて有り得ない。
ゼロから積み上げて、努力を重ねて、そしてやって築き上げるものだからこそ、大切で貴いのだと思う。

仕事上にしろ、ネットゲーム上の話にしろ、信頼や絆というものが「最初からある程度存在していて、あとは減る一方のもの」と認識されているように思う。
積み上げていくものではなく、何か失敗や間違った選択をするたびにマイナスされていく減点方式のシステムなのだ。

もちろん実際の信頼関係にも減点はあるが、それはあくまでも「信頼を積み上げた」という前提があってのこと。
何も積み上げていない状態、減点が無い状態を「信頼」と呼んではいけないように思う。

思うに、接点を持った初期の段階で、「信頼していますよ」といったように「信頼」や「信用」などを簡単に使うお客さんとは、あまりうまく行っていないように思う。
信頼がないことを前提とした行動は極端に嫌がっていたし、信頼を積み上げるための行動もできるだけ避けようとしていたように感じる。
結果論に過ぎないかもしれないが、信頼という言葉を盾に、どこか手を抜かれていたのかもしれない。

軽々しく信頼という言葉を使ってはいけないと言いつつ、先ほども挙げた「信頼がないことを前提とした行動」を行うときには、いつも胃が痛む。
契約書作成から始まり、小規模開発での前金依頼、コミット期限前の催促など…。
どれもこれもやって当たり前なんだけれども、うちみたいな弱小となると大企業の価値観を押しつけられるのが世の常で。

負けないように自分自身が強くならないとあかんなと思う今日この頃でした。

コンシェルジュ

Filed under: 一般,仕事?,感想いろいろ,戯れ言をちょっと,本・雑誌 — よしけん。 at 11:48 am on 金曜日, 11月 11, 2005

週刊コミックバンチに連載している「コンシェルジュ」という漫画で、今週号にちょっと面白いエピソードが載っていました。

コンシェルジュ【(フランス) concierge】
(1)(特にフランスで)アパートなどの管理人。
(2)ホテルにおいて,客の要望に応じて観光の手配や案内などを行うスタッフ。コンシェルジェ。
〔転じて,特定の分野や地域情報などを紹介・案内する人をもいう〕
三省堂提供「デイリー 新語辞典」より

近隣に高級ホテルがオープンしたため、主人公の勤めるホテルでは売り上げが減少して悩んでいました。
じゃあ、そこでどう対策を打つか? というお話。

「宿泊プランを値下げして客寄せをすべきだ」という経営陣の詰め寄りに支配人は渋ります。
主人公は言います。
「値下げはやるべきではありません。値下げして来たお客さんは、それだけが目的のお客さんです。
経営が回復して値段を元に戻せば、そのお客さんは帰ってきません」

値下げが良くないと言い切るのはとても難しい事なんですよね。
この後に支配人が言う言葉が絶妙です。
「100害あって1利無しならば誰でもわかる。だが、51害あって49利ならばどうか。しかもその49利がすぐ手にはいるとあっては、人の心は迷ってしまう」
まったくその通りです。

「身を削って値下げを行う」という話を良く聞きますが、果たしてそれはどうか。
よく考えなければなりません。

例えば原価100円のコーヒーを売ることを考えてみましょう。
120円で売るのと、2000円で売るのとでは、どちらが身を削っているでしょうか。

120円で売る場合は「自分が得る利益を削っている。自分が得するのを我慢して涙を飲んでこの値段にしているんだ」そんな風に言うかもしれません。
でも、やった努力と言えば、原価ギリギリの値段設定をしたという事だけです。
この後さらに安売りで110円にしたとします。
「苦渋の決断」と言うかもしれませんが、実際の努力は値札を書き換えた事くらいです。

では2000円で売る場合はどうでしょう。
「2000円」と値札を付けただけでは売れません。
こんな高い値段のコーヒーを気軽に飲む人なんてなかなかいないと思います。
それでも2000円で売る。そのためには、どんなサービスを加えれば良いのか、どんな店構えにしたら良いのか、考えなければならないことは山のようにあります。
それこそ身を削る努力です。
その努力の上でやっと売れ、「払ったお金分の価値がある」とお客さんに判断して貰えたらどうでしょう。
リピーターが増えるのは、120円のコーヒーですか。2000円のコーヒーですか。

安さだけを選んでやってくるお客さんを相手にするのか。
自分を、自分の商品を好きになって来てくれるお客さんを相手にするのか。
この違いは自分の仕事に対するモチベーションの増減にも繋がります。

大事なのは目に見える値段だけでは無いでしょうね。
他にも知らず知らずのうちに安売りしてしまっているものが沢山あると思います。
そこをいかに方向転換していくか。
仕事をしていく上では、それを常に意識していかなければならないと思います。

とは言っても正直なところ「51害あって49利」に誘惑される毎日で。
どうかすると10利でも誘惑されてしまいます。
これを打破していくには日々苦悩し考え努力するしかありません。

パフォーマンスマネジメント

Filed under: 仕事? — よしけん。 at 1:55 pm on 火曜日, 8月 23, 2005



パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学

この本によると、「人間の行動に『意志の力』が関与するのはごく一部だ」とある。
朝起きられない、マナーを守れない、痩せられない、仕事ができない…、その全てにおいて原因は「意志」ではないと言い切っているのだ。

「誰が悪いか決めつけるじゃなくて、何ができるのか考えてみよう」

何か問題が発生した時、まずは意志の弱さを疑ってはいないだろうか。
毎日の決まり事を守れないのは、やる気が無いからだ。
時間にルーズなのは、気合いが足りないからだ。
仕事が失敗したのは、誰々のせいだからだ。
こうやって問題の原因を、誰かに押しつけたり、誰かの性質に求めたりする。
それではいけない。

この本では、「~のとき、~したら、~になった」という関係を行動分析学に基づいて説明している。
これをABC分析という。

A:先行条件
B:行動
C:結果

Aは行動を起こすための条件であり、Cは行動によって引き起こされた結果である。
Aの条件を整えてやれば、Bの行動に入りやすくなる。(パブロフの犬を想像すれば分かりやすい)
Cの結果が良ければ、Bの行動は強化(繰り返すようになること)され、悪ければ弱化(繰り返さなくなること)される。
AとCを工夫することによって、Bの行動を強化しようというのが狙いだ。

例えば、おしゃべりばかりしていて、書類の整理を全くやってくれない社員の事を考えてみよう。
結果に付いている矢印は、↑ならば良い結果、↓ならば悪い結果を表す。

A:仕事中
B:書類を整理する
C:仕事が増える(↓)、おしゃべりができない(↓)、給料が上がる(?)

「書類を整理する」という行動を行うと、二つも悪い結果が返ってくることになってしまう。
これでは行動が弱化されるのは当然の事だ。

ちなみに、行動の直後にすぐ表れない結果は、行動に影響を与えない。
「給料が上がる」という良い結果は、半年後の事かもしれないし、一年後の事かもしれない。
つまり、行動の直後に発生する結果ではないので、↑(良い結果)ではなく、?(不明)となる。
子供が悪いことをしたらすぐに叱りなさいという躾の基本は、この事から来ている。
結果は必ず行動の直後に発生しなければならない。

同様に様々な問題をこのABC分析に当て嵌めて見ると面白い。

問題「営業成績が伸び悩んでいる」
A:仕事中
B:優秀な営業活動
C:達成感(?)、昇進(?)、ボーナス(?)、会社の利益(?)、
  残業(↓)、仕事が増えるとの社内の愚痴(↓)、嫌な顧客(↓)、うまく進まない失望(↓)

問題「スーパーの近辺に、違法駐車が多い」
A:急いでいる
B:違法駐車をする
C:早く楽に建物に入れる(↑)、注意される(?)

結果如何により、行動が強化されたり弱化されるという事がわかりやすく説明されていて面白い。
他にも恋愛、ダイエット、スポーツ、道徳、知識、人生などを分析した事例が載っており、読んでいて興味が尽きない。

もちろんそれぞれの分野でさらに細かい行動分析学があるため、この本で全て網羅しているわけではない。
それでも、今までの考え方を変える「入り口」としての役目は充分だと思う。

個人攻撃に陥っている限り、問題は解決しない。
この本ではそう繰り返している。

今後、何か問題にぶつかったら、このABCを頭に思い浮かべてみると面白いかもしれない。

詰め込みこそが真の教育だ。

Filed under: 一般,仕事?,戯れ言をちょっと — よしけん。 at 12:57 pm on 金曜日, 8月 5, 2005

世間で言われていることと真っ向反対のことを、自信たっぷりにぶちまけて見せるって、なんだか爽快でいいよね。

「詰め込み=真の教育」だとは思わないけど、詰め込みが大事なのは全く持って同意。
自分が何か物を考える上で、詰め込まれたものが有るのと無いのとでは、全然話が違います。
物事を創造していく上で大事なのは、創造の「材料」を持っているかどうか。
材料っていうのは、良く言われる「引き出し」ってやつですね。
で、その材料を蓄えるには、やはり詰め込みというのは大事だと思う。

「毎月、本の購入に5万円かけろ」
将来に備えて何をしたらいいのか分からない。
自分が成長するためにはどうしたらいいのか分からない。
何を勉強したらいいのか分からない。
学生時代、そんな問いに答えて、とある先生が上のような事を言ってくれました。

学生身分に月5万円は無いだろ!
と思ったけど、その言葉に感銘を受けて、毎月2万円くらいは本にかけてました。
言葉の意味は全くわからなかったけど、妙にインパクトがあり、説得力無いのに説得力を感じていたのを覚えてます。

本のジャンルとか、これを読めって指定は全く無かったんですよね。
ただ、お金をかけろと。
それに従うように、小説・ノンフィクション・資料、目について面白そうと感じた物は、片っ端から買っていきました。
もちろん自分が「面白そう」と思って買う本なので、ジャンルに偏りはありましたけどね。

今になってやっと感じることだけども、学生時代にひたすら本を買って詰め込んだのが、ちょっとは役に立っているのかなと。
お客さんとの交渉とのやり取りでも、開発中の辛い時期でも、精神的にピンチの時でも、「そういえばこんな考え方がある」とか「同じようなケースを体験した人の話があったな」とか思い出すんですよね。
そういった「何か」を思い出せば、あとは問題の解決に向けて努力するだけ。
全くの材料無しで戦うのと比べれば楽なものです。

ここまで書いてきて思ったんだけども、自分はやはり小中高での詰め込み学習がおろそかだったのかなと思います。
高校レベルまでの勉強ってのは、「勉強の練習」だと思うんですよね。

1)社会に出て一番必要なのは「創造・問題解決の力」
2)その力を出すには、多くの「材料」を持つ必要がある。
3)材料を得るには、材料を多く集める能力が必要。
4)材料を多く蓄えるには、脳のキャパシティを上げる必要がある。

高校までの勉強っていうのは、3や4の力を付けるための物だと考えています。
詰め込み学習によって、脳の材料を集める空間・引き出しの空間が拡がり、教科書や問題集のわからない所を先生に聞いたり資料を探したりと根気強く頑張ることで、材料を集める能力が付いていくのではないかと考えています。

そう考えると、自分にはキャパシティも無いし、材料を集める根気もない。
ああ、真面目に勉強しとくんだった。
今更ながらにちょっと悔やむのです。

話は変わりますが、今、自分の心にインパクトを持って飛び込んできている言葉があります。
「40代からは、それまでに読んだ本や知識を消耗する一方になる」
という言葉です。
科学的な根拠とか無いんだろうけども、「今の内に沢山本を読まなきゃ」っていう気分にさせられています。

今年の目標は「本を多く読む」だったのですが、達成率は半々と言った所です。
蔵書は増える一方なので、本棚を買い足しましたが、地震になったら圧死しそうです。
またAmazonの「カートに入れる」ボタンを押してしまいました。
明日はどっちだ。

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