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私が話したことはあっさりスルーされ、現場担当者が事細かに説明したこともばっさりカットされていた。
記事の半分は取材で話したことだが、半分は記者個人の激しい思い込みにこじつけた内容。
何なんだ一体。
マスコミって「聞きたいこと」しか聞こえなくて、「見たいこと」しか見えないのか。
体が勝手に:聞きたいことしか聞かないマスコミ
自分も同じような体験あるなー、と昔話を思い出したので、記憶を掘り起こすためにも文章化。
一つ目は、高校の頃の話なんだけど、「人気者の先生」を紹介する地方テレビ番組の取材。
授業の風景、生徒と先生の掛け合いを写していたんだけど、「今の会話面白かったからもう一度!」とか「そこはもう少しこういう喋り方で」とか、何かしらの誘導は多かったかなと思う。
実際の放映を見てみると、移ってる映像と音声は、まったく別々の場面を合成されていたりね。
面白く見せるためには当たり前のことなんだけど、「テレビって加工して放映してるんだなー」としみじみ思った物です。
二つ目は、これまた某地方テレビ局の取材。
学生時代の頃の話なんだけど、当時参加してた草の根BBSに、テレビ局の記者さんがいたんだよね。
で、その人の呼びかけで、インターネットの普及と法整備についての取材を受けることに。
10人くらい集まったかな。自分も含めて、みんな長い時間、真面目な議論や意見を述べ合ってた。
普段は馬鹿なことしか喋ってないみんなも、「意外とアイツも色々と考えてるんだな」と感心しあったもので。
そして数日経って放映日。
どんな風にインタビュー風景とか放映されるのかなーってワクワクしながら見てたら、
記者「インターネットでは未成年でもアダルト画像などを閲覧できますが、それについてはどう思いますか?」
友人A「見たいものは見たいですよね」
みんな大爆笑。
よりによって、そのセリフだけ切り取って、そういう使い方をするか!
記者さんは書き込みで「ごめんね!」って謝ってたけど、みんなは「良くやった!」の絶賛の嵐だったように思う。
結果的にインタビュー映像は1分も流れなかったんじゃないかな。
今思えば、番組側の「何を伝えたいか」が先にあって、それに沿った意見をチョイスして放映しただけなんだよね。
ちなみのこの記者さん、普段はどんな素朴な質問にも丁寧に応えてくれて、非常に誠実な印象を受ける人でした。
「どうして会社従業員のことをニュースでは『社員』って、実際の定義上とは違う呼び方をするの?」って質問にもなかなかの長文で答えてくれました。
良い思い出です。
三つ目は、某地方新聞の取材。
音ゲーが全盛期だった頃かな。福岡で盛り上がってる集団ってことでインタビューを受けました。
そのインタビューの最中、ひとつ気になったのが「地域に貢献するボランティア活動はしているかどうか」をやたら聞いてくる事。
残念ながらゲーセンでただ遊ぶだけの普通の学生だったもんで、そんな活動はしてないわけで。
ああ、そういうストーリーを作りたいんだろうなーと苦笑したのを良く覚えてる。
四つ目は、某週刊誌の取材。おお、これは全国誌だね。フフ。(←ミーハー
これも長々と取材受けたんだけどね。
結構真面目に考察も交えて色々なことを話したんだけど、実際の誌面を見てみると、たった一言だけを切り取られて、しかも「やっぱ最高ッスよね!」と変な若者風に。
会話のどこを切り取られて、どんな風に拡大解釈されて紙面に載せられるか、そういうのを目の当たりにして「マスコミってこえー」と実感した次第。
こういう事例を挙げて「マスコミって最低だね」なんて言うつもりはなくて。
それよりもこういうことって、普通の友達関係とか家族関係とか、そういった身近な人間関係でも起こりうることだよね。
誰かから聞いたうわさ話を、そのまま自分の中でイメージを膨らませて、それだけで「あいつは酷いヤツだ」とか「信用できない」とか言ってしまったりね。
相談事もちょっとした会話だけで、自分の中にあるステロタイプなイメージに付き合わせて、「それはこうだ」と結論を出してしまったり。
できればもっと会話をするべきだよね。
どんなに薄い話でもいいから、数多く話をしていけば、思いこみとか拡大解釈はなくなっていくように思う。
ニュースやドキュメンタリーだって、見たままを受け取って「悲しい」とか「楽しい」って感情をすぐに持つんじゃなくて、一歩退いて「まだ見せてない情報あるんだろう?」って疑うことも大事かもしれない。
といっても難しいのは、理解し合うための会話を続けること自体、「ウザイ」と感じる人がいること。
そして、ニュースを見ていて、「こんな悲しい境遇にあってる人がいるのに、それを素直に悲しめないのはおかしい」と憤慨してしまう人がいること。
どちらの言い分は正しいけれども、だからと言ってこちらの意見を引っ込めるべきか、それとも押してみるべきか。
いつも距離感に迷う毎日。
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