Sinful Blue

わたしを離さないで / カズオ イシグロ

Filed under: 感想いろいろ,本・雑誌 — よしけん。 at 3:01 pm on 火曜日, 8月 29, 2006

自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春 の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇 妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々 がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』を凌駕する評されたイシグロ文学の最高到達点

出版社 / 著者からの内容紹介 より

少年少女の日常がひたすら淡々と描かれていく。
ラストまでこれといった大きなドラマも起きないため、読み終えた直後は「もう終わり?」と思わずぽかーんとしてしまったほど。

でも、読み終えてしばらく経つと、「何か」がじわじわと心に染み入ってくる。心が落ち着かない。
どうしてこんなことになってしまってるんだろう。
作中の彼らに問いかけたい気持ちがあるが、もしかしたらこれは自分たちにも当てはまることなんだろう。
心のさざ波がどうにも止まらない。

ふとこんな言葉を思い出した。

神よ、願わくば、
変えられぬものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変えていける勇気と
その違いを見極める知恵とを、授けたまえ

ラインホールド・ニーバー(Reinhold Niebuhr 1892-1971) 「変革の祈り」

自分の場合、変えられないものなのに必死に変えようと情熱空回りしてたり、変えられるものなのに「どうせ無駄だ」と諦めることが多い。
変えられないものを受け入れることを「覚悟」と呼び、変えられるのに変えようとしないのを「あきらめ」と呼ぶのかもしれない。
(仏教的な語源の話また次回。)

この本を薦めるのは正直難しい。
どんな言葉を使ってもネタバレになってしまうと思う。
もしこの本を読むなら、どんな書評もあらすじも読まずに、何の先入観も無く読むべきだと思う。

ただ、何か大きなドラマを期待しているなら、あまり向かない。
同じテーマを扱っていて、問題提起がわかりやすく、かつスリリングな作品はたくさんあるので、そちらを読んだ方が良いと思う。

といっても、この本を読まないと、どういう本が同じジャンルなのかさっぱりわからないのが難点。
参った。

チルドレン / 伊坂幸太郎

Filed under: 感想いろいろ,本・雑誌 — よしけん。 at 1:00 pm on 水曜日, 8月 23, 2006

「そう。トルーマン・カポーティ。彼の小説にさ、こんなことが書いてある。『あらゆるものごとのなかで一番悲しいのは、個人のことなどおかまいなしに世界が動いていることだ。もし誰かが恋人と別れたら、世界は彼のために動くのをやめるべきだ』ってさ」

(チルドレン 「レトリーバー」 より)

文中に潜ませている小さな「謎」

どうして父親のことを「あの人」と呼ぶの?
2時間も同じ場所に立っているあの男は何者?
自分と分からないように殴ったって、どうやって?

小さな奇跡とともに種明かしされるそれは、さわやかな読後感をもたらしてくれました。
「清々しい」といった言葉がピッタリなんじゃないかな、と思う。
特に終盤のちょっとした種明かしは、「ここでそれを持ってくるか~!」と思わず笑みを漏らしてしまいました。
これにはやられた。

文体は易しくて非常に読みやすいのもいいですね。
本が苦手な方にもお勧め。ショートストーリー形式なので、ちょっとした合間にも読めると思います。
難を言えば、種明かしがストレート過ぎるので、もう少し遠回しに書いてもいいのかなと思います。
わざわざ台詞で喋らせる必要はないよなーと思った箇所がありました。

ところで、この作者の伊坂幸太郎って人は、「陽気なギャングが地球を回す」を書いた人なんですね。
後から知りました。
映画をやっていた頃はあまり興味がなかったんですが、今回この本を読んで興味がわきました。
読んでみようかな?

この作者に興味を持ったのは、「チルドレン」の面白さもそうなんだけど、何か独特の価値観を持ってるからなんですよね。
特に障碍者に対する価値観が、僕自身がいつも抱いている「もやもや」に対する答えを見せてくれたようで、非常に惹かれました。

文中にこういう一節があります。
生まれつき目の見えない永瀬が、通りすがりの婦人に「大変でしょう?」とお金を貰ったその後のシーン。

「おい、永瀬、その手に持ってる五千円、どうしたんだよ」と口を尖らせた。
「どこかのおばさんがくれたんだよ」
「ふざけんなよ」陣内君が声を上げた。
「いいんだ。悪気はないんだよ」婦人を庇う口ぶりだった。
てっきりわたしも、陣内君は、「善意を押しつけてきた婦人」に怒っているのだと思った。ところがそうではなかった。陣内君は、「よくねえよ」とつづけてから、さらにこう言った。
「何で、おまえだけなんだよ!」
「え」はじめは冗談を言っているのかと思った。
「何でって」永瀬も口ごもった。
「何で、おまえがもらえて、俺がもらえないんだよ」
「たぶん、僕が盲導犬を連れているから、じゃないかな。目も見えないし」
「は?」陣内君が唖然とした表情になった。とぼけているわけではないらしい。心底、訝しそうだった。「そんなの関係ねえだろ」
「え」とわたしはもう一度間の抜けた声を出してしまった。
「関係ないっつうの。ずるいじゃないか」と喚いた。
わたしは、その時の陣内君が発した「関係ない」の響きが、とても心地よかったのを覚えている。永瀬も顔をほころばせていた。
「おい、何笑ってるんだよ。自分だけ金を手に入れたからって、いい気になるなよ」

(チルドレン 「レトリーバー」 より)

障碍者に対して「普通」に振る舞うことの難しさと、良かれと思い施す「優しさ」がかえって差別になることを、端々に書き添えています。

以前どこかで読んだのですが、生まれつき目の見えない人同士の夫婦がいて、「将来子供ができたら、自分と同じように目が見えない子であって欲しい」と言っていました。
もちろんそれを聞いた周りは非難囂々。「なんて残酷な。五体満足で生まれることを願うのが親じゃないのか」と。

でもこれって差別だと思うんですよ。
明らかに、目が見える人よりも目が見えない人の方が、ランクが下だって思ってますよね。

実を言うと自分も「なんてことを言うんだ」って非難した側でした。
でも、目が見えない世界のすばらしさ、音に包まれる幸福、その美しい世界をじっくりと聞くにつれ、「自分はなんて恥ずかしいことを考えていたんだろう」と衝撃を受けました。

先天的な障碍と後天的なものとでは事情も違うでしょうし、障碍者本人によってもランク付けを持っていたり、「これは幸福で、これは不幸」としっかりと決めている人もいます。
そんな中にあって、我々が彼らに対して「普通」であることが、どんなに難しいことか。

こういった難しい問題を、さわやかなストーリーの中にしっかりと埋め込んでいて、「この人の作品をもっと読んでみたいな」と感じました。

ちなみに、上で書いた夫婦の話をいろんな人に聞かせてみましたが、大抵の人は「五体満足を願わないのはおかしい」といった反応でした。
他の方はどんなもんでしょうか。

欺術―史上最強のハッカーが明かす禁断の技法 / ケビン・ミトニック

Filed under: 感想いろいろ,本・雑誌 — よしけん。 at 11:57 am on 月曜日, 7月 31, 2006

ソーシャルエンジニアリングは、平凡な善人のふりをして他人に接近し、その人を騙すテクニックだ。
このテクニックを駆使する「エンジニア」は、他人の職責や地位などを詐称して情報を手に入れる。コンピュータやネットワークの登場以前から、この「エンジニアリング」は存在している。

―本書冒頭より

下手なサスペンスより数倍面白い。
電話での会話テクニックだけで、何億もの額になる情報を引き出していく。あまりの手際の良さに思わずうなってしまうほど。

情報を持っている人、場所にいきなりアクセスするなんてことはしない。
ターゲットの会社の受付、清掃業者、社員、いろいろな人間に接触し、様々な情報を集めていくのだ。

「顧客番号のことをマーチャントIDと呼ぶ」といったその会社独自の呼称、俗名を聞き出す。
部署の内線番号を聞き出す。上司の名前を聞き出す。キーパーソンの休日を聞き出す。
そういった「社内では普通に扱われていて、秘密ではないありきたりの情報」をかき集めていく。
それらの情報がまるでパズルのピースのように一つ一つ組み上がり、最後には重要な情報を引き出す「鍵」となっていく。

もう一度言おう。下手なサスペンスより数倍面白い。

この本はこういった「盗みだし」のエピソードばかり語るのではなく、そういった事例にどうやって対処すればいいのかを丁寧に解説している。
高価なファイアウォールやセキュリティソフトの導入に躍起になるより、この本に付いている「対策方法リスト」をまず徹底するべきでは?と感じた。

ただ、書かれている対策を実施するのは非常に難しいと思う。
当たり前のことで納得できるものばかりだけど、実行すれば確実に仕事の効率は落ちるだろうなと思うからだ。
本当に悩ましい。

それにしても一番恐ろしいのは、騙しのエピソードを読んでいると「自分でもできるんじゃ?」と考えてしまうこと。
こわいこわい。
絶対に真似しないように。

負ける!やめる!あきらめる!希望を捨てたら幸せが見えてきた / ポール・ピアソール

Filed under: 仕事?,感想いろいろ,本・雑誌 — よしけん。 at 11:59 am on 木曜日, 7月 27, 2006

以前、「そんなに前へ前へ、上へ向かって進む必要があるの?」と疑問を呈したことがあります。
(過去記事:「後ろ向き」http://www.sinfulblue.com/2005/07/15/aith/

そんな気持ちに応えるかのような本を見つけました。
負ける!やめる!あきらめる!ってひどいタイトルだなぁと思いつつ読破。
なんだか重くて難しい本でした。
自分の考えがまとまらないので目に付いたところを適当に書いてみます。

自己啓発本には、科学的根拠がない。ひとつの別産業になってしまっている。
自分を愛せない人は他人を愛せないというのはウソだ

「人生を充実させよう」と考えるのではなく、「人生を味わい尽くそう」と考えるのだ。
あとちょっとを欲しがるのではなく、今持っているものを丁寧に味わってみる。

ポジティブ思考とは「今よりもっと良くしよう」という考え方。
だから常に周りの物事に対し、良い/悪いの評価をし続けなければならない。
一歩下がって後ろから他人事のように評価するのではなく、今自分が経験している感情をありのままに受け止めて意識的にしっかり感じることが大事。

ポジティブが行き過ぎると、「希望」に目がくらんで今の自分が見えなくなる。

苦しみは自分の心に存在しており、人生の一部として必要なものだ。
完璧な満足と完璧な幸福を欲しがるのは、単なる無い物ねだり。
「全てを手に入れることができる」というのはまやかしだ。
それを目指して頑張っても、自分の生命をすり減らし、人間関係をダメにするだけだ。
苦しみはあってはならないことだと思うと、よけいに苦しさは増す。

確かに思い当たるところはあるかな。
「前向きに考えよう」と思い始めると、つらいことに目を背けるだけの思考停止状態になってる場合が多いように思います。
ひたすら突っ走るだけの状態をやめて、ゆっくりと歩いて今の状況をじっくり感じ取り、しっかり考えることを「マインドフル」と呼ぶと書いてありました。
バランスよくマインドフルになれると良いなと願いつつ。

サマー/タイム/トラベラー 新城カズマ

Filed under: 感想いろいろ,本・雑誌 — よしけん。 at 2:16 pm on 火曜日, 7月 18, 2006

久しぶりにライトノベルを読んだ。

これは時間旅行の物語だ。
といっても、タイムマシンは出てこない。時空の歪みも、異次元の穴も、セピア色した過去の情景も、タイムパラドックスもない。
ただ単に、ひとりの女の子が――文字どおり――時の彼方へ駆けてった。そしてぼくらは彼女を見送った。つまるところ、それだけの話だ。
だからこそぼくは、ある場所のことから語り始めなくちゃいけない。ぼくらが住んでいた、あの街のことから。

サマー/タイム/トラベラー 冒頭より

高校生たちのひと夏を描いた青春小説と言ってしまえばそれまでなんだけども、おっさんには正直きつかった。
2巻完結ものなんだけど、1巻の途中で投げだそうかと思ったくらい。

なんでかって言うと……、

ちょっと難しめの本をいつも読んでいて、仲間はその中身をちらっと見ただけでタイトルを当てるとか、
外観ではそれと判らない喫茶店を秘密のたまり場にしてるとか、
哲学めいたことを唐突に切り出しても、仲間はすぐにそれに乗ってきたりとか、
一人一人が何の裏打ちも無くやたらと博識であるとか、
いつも独自の「プロジェクト」を立ち上げて勝手に夢中になっているだとか、
少し風変わりなことを言う大人だけが「正常」で、他は「つまらない大人」と思っているとか、
「ここではないどこか」にこだわってるとか、
悲惨なニュースもあと一年もしたらみんな忘れるんだろう!と憤慨しているところとか
(お前だって忘れるんだろう!?)
心の中を見透かされるのが嫌で、何もかも「予習」しないと気が済まないとか。

とにかく薄っぺらい。
借りてきた言葉をそのまま垂れ流しているようで、どうにも痛々しい。
確かにさ、高校生の頃って、こういうのを「かっこいい」と思ってたよね。
中学、高校生がこの本を読んだら共感しまくるんじゃないかな。

まあ、なんでこんなに痛々しく感じるかって言うと、自分がそうだったからだよな。
明らかにこうだったもんな。薄っぺらい生き物だったよ。
まったくもう。

今そばにいる大切な誰かは、何かが「片付いたら」いなくなってしまうんじゃないか。
そんな悲壮感を、なぜかこの頃はよく持っていたもので。
微かに「そういうことを考えていたな」ってのを思い出して、それだけは切なかった。

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