信頼
信頼って何ですかね。
この一行だけで大抵のひとはドキッとしたと思います。
それくらい「信頼」って奥が深い言葉。
ドキッとしなかった人は、試しに通勤電車の中で「信頼」とつぶやいてみてください。
きっと周りの人はドキッとした顔をするに違いありません。
それくらいディープなんです。
去年だったかな。新しく来たお客さんが「大急ぎでこれを作って欲しい」って言ってきたんですよね。
無茶な納期だったんだけど、話しぶりも丁寧だし、何よりも急いでいるというのが痛いほど伝わってきたので、開発を了承したわけですよ。
短い開発期間に対応するには、色々なフェーズをすっ飛ばさないといけない。
「契約書作成にも時間がかかりますから、今回は後回しにしましょう。お互いを信頼して行きましょうか」
信頼って言葉を使ったけれども、果たして自分は相手の事を信頼していたのか。
信頼という言葉で誤魔化して、単に手を抜いただけじゃないのか。
結局の所、こちらは開発を無事に終えたにも関わらず、いきなり音信不通。
連絡が取れたと思ったら、あることないこと文句を付けられて、支払いも大幅にカットされるという痛い目を見ました。
信頼ってのはゼロから積み上げていくものだよね。
出会って間もない仲で、信頼が存在するなんて有り得ない。
ゼロから積み上げて、努力を重ねて、そしてやって築き上げるものだからこそ、大切で貴いのだと思う。
仕事上にしろ、ネットゲーム上の話にしろ、信頼や絆というものが「最初からある程度存在していて、あとは減る一方のもの」と認識されているように思う。
積み上げていくものではなく、何か失敗や間違った選択をするたびにマイナスされていく減点方式のシステムなのだ。
もちろん実際の信頼関係にも減点はあるが、それはあくまでも「信頼を積み上げた」という前提があってのこと。
何も積み上げていない状態、減点が無い状態を「信頼」と呼んではいけないように思う。
思うに、接点を持った初期の段階で、「信頼していますよ」といったように「信頼」や「信用」などを簡単に使うお客さんとは、あまりうまく行っていないように思う。
信頼がないことを前提とした行動は極端に嫌がっていたし、信頼を積み上げるための行動もできるだけ避けようとしていたように感じる。
結果論に過ぎないかもしれないが、信頼という言葉を盾に、どこか手を抜かれていたのかもしれない。
軽々しく信頼という言葉を使ってはいけないと言いつつ、先ほども挙げた「信頼がないことを前提とした行動」を行うときには、いつも胃が痛む。
契約書作成から始まり、小規模開発での前金依頼、コミット期限前の催促など…。
どれもこれもやって当たり前なんだけれども、うちみたいな弱小となると大企業の価値観を押しつけられるのが世の常で。
負けないように自分自身が強くならないとあかんなと思う今日この頃でした。
nobuchikaeri / 信近エリ
Eminem/Curtain Call