「アシモフに謝れ!」と言いたいところですが、予想外に面白かったです。
-
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
(A robot may not harm a human being, or, through inaction, allow a human being to come to harm.)
- ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
(A robot must obey the orders given to it by the human beings, except where such orders would conflict with the First Law.)
- ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
(A robot must protect its own existence, as long as such protection does not conflict the First or Second Law.)
有名なロボット工学三原則です。
原作の「わたしはロボット」では、このような三原則を持っているにも関わらずどうしてロボットは事件を起こしたのか、という論理ミステリとなっています。
大前提として、ロボットがこの三原則を破ることは不可能になっています。
ロボットの中枢である「ポジトロン頭脳」の作成には、75234工程が必要であり、さらにその1工程につき5~105の因子を完成させなければなりません。
三原則を破るためには、この工程一つ一つを組み直した全く新しい作成方法が必要になります。
その新しい作成方法を編み出すためには、超国家的予算が必要となります。
つまり、現実的には不可能、というわけなのです。
さて、その大前提を元にロボット達が様々な事件を起こします。
何故、人間の生命維持に必要なエネルギーを回収してこないのか。
何故、命令に従わずに作業を中断するのか。
何故、人間から隠れ、ウソをつくのか。
三原則が絡み合った論理パズルを徐々に解きほぐしていく様は、まさにミステリのそれと言っても良いと思います。
ちなみに、人間に絶対に危害を加えないロボットですが、すぐに人間に受け入れられたわけではありません。
ロボット産業黎明期は、政治や宗教的な要因から、「地球上でのロボット使用を禁止する」となっていたりします。
このような形の「ロボットがいたらどうなる」という厳格なシミュレーションをやっている原作ですが、この映画は「そんな細かい事は抜きにしようやガハハハ」といった感じのシナリオであるのは間違いないです。
中でも、1001体の中から1体を探すというシーンは、原作の「63体のロボットにあらゆる角度からの質問とテストを繰り返す」という場面を知っていると、鼻水が噴き出してしまうこと請け合いです。
他にも色々とツッコミ所はあるのですが、原作の持つ「三原則の問題やジレンマ」の本質をついた表現が残っているのを見ると、このシナリオは「わかっている」のか「わかっていない」のか、さっぱり見当が付かなくなります。
とりあえずこの映画を観るスタンスとしては「ガハハ」という気分で見るのが正しいのであり、そのスタンスに気付くと、ロボット反乱物としては普通に面白いことがわかります。
後半のカメラ回しは面白いし、ロボットのやたら躍動的なアクションは見ていて気持ちが良いし。
ちなみに警部補の事を途中までフォレスト・ウィテカーと勘違いしてました。
どうでもいいことだけど
コメントは受け付けていません。